懐かしい〜。子供の頃に住んでいた地域の氏神様。宇波神社(地域の人はうばじんじゃと呼んでいました。うわじんじゃとも呼ばれているみたいです。)
10月のお祭りには、だんじりがでて、みんなで「そこの姉ちゃんべっぴんや。べっぴんゆうたらよろこんで、大阪名物動物園、ゴリラにそっくりや。」なんて今考えると失礼な歌(笑)作者不明の歌を歌いながら長ーーいロープに繋がっただんじりを大勢で引っ張った思い出があります。
太鼓の「チッチキチッコンコン チキチキチッチキチッコンコン・・・」ってコタツの上で指の関節を使って太鼓の真似をしていました。
そして天狗が猛スピードで追いかけてきて竹の棒で叩いてくるのです。あの恐怖は今でも忘れられない。家の中にも入ってきます。
弟はこのお祭りが大好きで青年団に入って、親が三重に移住する話になったときも「伊勢には移住しない」って断言したのはこのお祭りがあるからといっても過言ではないと思います。
宇波神社に着くまでの右折したところにあるそろばん塾にも通っていたので、この古い街道が懐かしくてしかたありません。・・て思い出が次から次へと溢れ出てきますがここで神社について。
今はネット検索をすると子供の頃は知らなかった情報が沢山出ています。ありがたいですね。
宇波神社 由来
宇婆神社 明治八年四月二十七日
宇波神社 明治八年四月二十八日
六郷村大字加納延喜式内の神社にして埴安姫命祀る
社域 弐百六拾八坪
祀られている埴安神(はにやすのかみ)は、イザナミノミコトが火の神(ヒノカグツチノカミ)を産んだ時にやけどを負い、病床についているときに生まれた土の神様、五穀豊穣を願う祭祀に用いる祭具を作ったり、肥をもって作物を実らせたり、水害から地域を守ったりのご利益が沢山あるので、田畑や川のある地域に祀られていることが多いようです。
五穀豊穣といえば、天照大神の御神勅で伊勢市の外宮に豊受大神が祀られていることで知られていますね。その豊受大神も埴安神の少しあとに生まれています。
神武天皇遥拝所
宇婆神社付近は河内湖といって紀元前約6000年から前約5000年ごろの縄文海進により海水が河内平野へ進入し、湾になっていて神武天皇も大和に向かう時、船でこの辺りにも着いたそう。
たしかに私が住んでいた家の外の道路から生駒山頂上がよく見えていた。
よく通った銭湯はコインランドリーになり現在は廃業している。ここで母がアルバイトをしていた時期もあった。
三重に移住してから、子育てと仕事に追われる毎日で、おまけに両親も三重に移住したのでなかな行く機会がなく、いつのまにかこんなにも発展した町並みと、一方全然変わっていない世古道や銭湯や美容室・・・懐かしさに暮れる年齢になっていた。
もうすこし歩いていたかったけど、歩数計も17781歩。今日のうちに帰らないと。
大阪にいたら何の悩みもなく呑気に暮らせていた気がする。わたしは伊勢に来てだいぶ変わったから。
でも志摩に来て、こんなにも充実した毎日を送ることができたから。志摩に連れてきてくれたお父さん。ありがとう。・・・阪奈道路を走行しながらそんなふうに思っていました。
奈良に入って三重に向かう頃、すっかり暗く、奈良健康ランドでゆっくり癒やし、ラーメンを食べてからレストルームで仮眠をとって、主人が「最高!温泉巡りの方がいいわ。」と言っていました。笑
この記事のライター紹介

WEBデザイナー&カメラマン&ブロガー&ユーチューバー
住まい:三重県志摩市横山展望台から見える伊勢志摩国立公園の中
高校時代からの趣味は写真📷ウェブサイト制作歴 22年
profile
2000年 ウェブサイト制作事業スタート
2016年 S・O・L・A・R・I・S始動
コマーシャルフォト・ポートレイト撮影
アルバム、フォトブック、パンフレット、名刺など印刷物制作、動画制作、SNS指導もやってます。
気まぐれに地域情報を投稿しています。
取材や掲載希望の方はお問合せフォームよりご連絡ください。お仕事のご依頼も大歓迎です!!
>>お問い合わせ先<<