倭姫命(やまとひめのみこと)|天照大御神の鎮座地を求めた皇女と伊勢に残る伝承

伊勢神宮の内宮(皇大神宮)には、皇室の祖神とされる天照大御神が祀られています。

その天照大御神をお祀りするにふさわしい場所を求め、各地を巡ったと伝えられるのが、第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)です。

倭姫命の物語は、『古事記』『日本書紀』をはじめ、伊勢神宮に伝わる神道書『倭姫命世記』、そして『ホツマツタヱ』三十六綾にも描かれています。

それぞれの伝承を読み比べると、倭姫命は単に神宮の鎮座地を探した皇女ではなく、神を祀ること、土地を清めること、そして祈りを後世へ伝えることに深く関わる存在として浮かび上がってきます。

今回は三つの文献を比較しながら、三重県松阪市の櫛田神社、明和町の竹神社、伊勢市の磯神社を訪ね、さらに斎王と斎宮、祓川へと続く歴史をたどります。

倭姫命とは

倭姫命は、第11代垂仁天皇の皇女で、天照大御神に仕えた皇族女性として伝えられています。

『日本書紀』によれば、それまで天照大御神をお祀りしていた豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に代わり、倭姫命がその役目を引き継ぎました。

倭姫命は天照大御神を奉じて各地を巡り、やがて伊勢国へ至ります。

天照大御神は伊勢の国を気に入り、この地に留まりたいという神意を示されました。

こうして五十鈴川の川上に宮が設けられたことが、伊勢神宮内宮の鎮座伝承となっています。

倭姫命は神に仕える「御杖代(みつえしろ)」として知られています。

御杖代とは、神の御心に従い、神にお仕えする存在を表す言葉です。

三つの文献に描かれる倭姫命

『古事記』と『日本書紀』

『古事記』では、倭姫命は垂仁天皇の皇女として登場し、伊勢の大神の宮をお祀りしたことが記されています。

また、後の日本武尊(やまとたけるのみこと)の物語では、伊勢にいる倭姫命が登場します。日本武尊は東国へ向かう際に倭姫命から草薙剣を授けられます。

一方、『日本書紀』には、豊鍬入姫命から倭姫命へと祭祀が引き継がれ、倭姫命が鎮座地を求めて巡行し、伊勢に至る経緯が記されています。

『古事記』が倭姫命の存在と日本武尊との関わりを伝えるのに対し、『日本書紀』は伊勢鎮座の由来をより具体的に描いています。

『倭姫命世記』

『倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)』は、神道五部書の一つに数えられる伊勢神道の重要な文献です。

現在の研究では、鎌倉時代中期に成立したものと考えられています。

この書物では、倭姫命が天照大御神を奉じて巡幸した土地や、神を祀る場所に関する伝承が詳しく語られています。

『日本書紀』では簡潔に記されていた巡幸の物語が、『倭姫命世記』では多くの地名や出来事を伴って展開していきます。

また、神を祀る者に求められる清浄や正直、慎みといった教えも大切な主題となっています。

ただし、『倭姫命世記』に記された巡幸地のすべてが古代の歴史的事実として確認されているわけではありません。

中世の伊勢神宮をめぐる信仰や伝承を知るための資料として読むことが大切です。

『ホツマツタヱ』三十六綾「ヤマト姫 神鎮む文」

『ホツマツタヱ』三十六綾には、ヤマト姫がアマテル大御神をお祀りする役目を引き継ぎ、伊勢の地へ御霊を遷す物語が描かれています。

この物語では、ヤマト姫の出生や家族との関わり、兄ホンツワケのために祈る姿なども語られています。

また、櫛田で櫛を落とす場面、明野原を経て伊勢高宮へ向かう場面、飯野から磯部へと御霊を遷す場面など、現在の三重県に残る地名と結びつく描写があります。

さらに、サルタヒコが守り続けてきた神宝の話や、五十鈴川のほとりに宮を建てる様子も詳しく描かれています。

千木や宮柱に関する記述もあり、神宮の建築や祭祀の意味を考えるうえでも興味深い内容です。

ただし、『ホツマツタヱ』は『古事記』『日本書紀』と同時代の成立が確認された史料ではなく、その成立年代や史料的評価には議論があります。

そのため、ここでは古代の出来事を証明する資料としてではなく、倭姫命をめぐる伝承を比較する一つの文献として紹介します。

三重県に残る倭姫命の伝承地

櫛田神社(三重県松阪市)

倭姫命が天照大御神の鎮座地を求めて巡幸していたとき、櫛を落とされたという伝承が残る場所です。

『ホツマツタヱ』三十六綾では、ヤマト姫の髪を結おうとしたウスメが櫛を落とし、その場所が櫛田と呼ばれるようになったと語られています。

一方、櫛田神社の由緒では、倭姫命が田の中に落とした櫛を大若子命(おおわくごのみこと)が拾い上げたと伝えられています。

櫛を落とした人物や状況に違いはありますが、櫛という身近な道具が土地の名前の由来として語り継がれている点は共通しています。

現在も櫛田神社では、櫛に感謝する「櫛まつり」が行われています。

古い伝承が現代の祭りへと受け継がれていることも、この神社の魅力です。

櫛田神社
三重県松阪市櫛田町


竹神社(三重県多気郡明和町)

明和町斎宮に鎮座する竹神社は、斎王が暮らした斎宮跡と深い関わりを持つ神社です。

『ホツマツタヱ』三十六綾では、ヤマト姫が明野原を経て伊勢高宮に入り、豊鍬入姫命とともに神に仕えたことが語られています。

この伝承と結びつけて、竹神社周辺を訪ねることができます。

竹神社の鎮座地は、かつて斎王の宮があったのではないかとも伝えられています。

また、神宝として伝わる「斎宮の世だめし」の絵馬は、稲の豊凶を占う信仰と関わるものです。

ただし、現在の竹神社の場所を倭姫命の伊勢高宮そのものと断定することはできません。

斎宮の歴史と倭姫命の伝承が重なり合う土地として紹介したい場所です。

竹神社
三重県多気郡明和町斎宮


磯神社(三重県伊勢市)

伊勢市磯町に鎮座する磯神社は、倭姫命が天照大御神を奉じて一時滞在されたという伝承を持つ神社です。

『ホツマツタヱ』三十六綾には、ヤマト姫がアマテル大御神の御霊を飯野から磯部へ遷し、鎮めたと記されています。

磯神社には、倭姫命が当地に留まった際、その行宮を「磯宮」と呼んだという伝承が残っています。

その後、天照大御神が五十鈴川のほとりに鎮座されたことで、磯宮は磯神社と呼ばれるようになったと伝えられています。

この地は、倭姫命が伊勢の中心へと向かう道の途中に位置する、重要な伝承地の一つといえるでしょう。

磯神社
三重県伊勢市磯町


斎王とは――神に仕えた皇族の女性たち

斎王(さいおう)とは、天皇に代わって伊勢神宮の天照大御神に仕えた、未婚の皇族女性のことです。

倭姫命や豊鍬入姫命は、斎王制度の始まりにつながる伝説上の存在として語られています。

その後、飛鳥時代には斎王制度が整えられ、天皇の即位に伴って皇族女性が選ばれるようになりました。

斎王に選ばれた女性は、都での潔斎を経て、従者たちとともに伊勢へ向かいました。

この旅を「斎王群行(さいおうぐんこう)」と呼びます。

斎王が暮らし、伊勢神宮に仕えるための拠点となった場所が、現在の三重県明和町にある斎宮(さいくう)です。

斎宮には、斎王の住まいや役所、祭祀に関わる施設などが設けられていました。

斎王制度は南北朝時代に途絶えましたが、斎宮跡には今もその歴史を伝える遺構が残っています。

祓川――斎王が身を清めた川

明和町を流れる祓川(はらいがわ)は、斎王の歴史と深く結びつく川です。

都から伊勢へ向かう斎王は、斎宮に入る前に祓川で最後の禊を行ったと伝えられています。

斎王にとって祓川は、日常の世界から神に仕える清浄な世界へと移る境界でもありました。

川で身を清めるという行為は、単に身体を洗うことではありません。

神に仕えるために心身を整え、穢れを祓い、慎みの心を持って神域に入ることを意味していたのでしょう。

倭姫命の巡幸伝承にも、神を祀る場所を選び、清浄を重んじる思想が見られます。

倭姫命の物語と斎王制度は同じ時代の出来事ではありませんが、神に仕える前に身を清めるという考え方は、両者を結びつける大切な主題です。


倭姫命の物語を読み比べながら、私は、神様をお祀りする場所を探すということには、どのような意味があったのだろうと考えました。

『日本書紀』では、天照大御神の御心に従い、伊勢へと至る皇女として描かれています。

『倭姫命世記』では、巡幸の道筋とともに、清浄や正直を大切にする教えが伝えられています。

そして『ホツマツタヱ』三十六綾では、ヤマト姫の家族への思いや、神を迎えるために宮を整える人々の姿まで描かれています。

それぞれの文献が成立した時代や背景は異なりますが、そこには、神を敬い、祈りを大切にする人々の姿が重なって見えるように思います。

櫛田神社、竹神社、磯神社。

今も残る神社を訪ね、その土地の名前や由緒を知ることで、文献の中に登場する場所が少しずつ身近に感じられます。

そして斎宮跡や祓川に立つと、倭姫命の伝承から、後の時代に伊勢神宮へ仕えた斎王たちの歴史へと、祈りが受け継がれていったことを感じます。

神話に描かれた出来事が、そのまま歴史的事実であったかどうかは分かりません。

それでも、なぜこの土地に伝承が残り、なぜ長い年月を経ても語り継がれてきたのか。

そのことを考えながら神社を歩く時間も、私にとっては大切な神社巡りの楽しみです。

 

この記事のライター紹介
伊勢乃志摩子
WEBデザイナー&カメラマン&ブロガー&ユーチューバー
住まい:三重県志摩市横山展望台から見える伊勢志摩国立公園の中
高校時代からの趣味は写真📷ウェブサイト制作歴 22年

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2000年 ウェブサイト制作事業スタート
2016年  S・O・L・A・R・I・S始動 
コマーシャルフォト・ポートレイト撮影
アルバム、フォトブック、パンフレット、名刺など印刷物制作、動画制作、SNS指導もやってます。
気まぐれに地域情報を投稿しています。
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