御潜神事 (鳥羽・国崎) 2013.06.29 旧暦の6月1日に熨斗鰒(のしあわび)を製る鮑採取の儀式が御潜神事。鳥羽市・神島・答志・菅島・石鏡・相差・安乗・志摩市の海女 総勢90人が集まりました。神事の後、海女が海に3回潜り、最後の1回はアワビの稚貝5000個を放流します。
海女による鮑採り・稚貝放流 (御潜神事の再現 / 鳥羽・国崎 前の浜にて 2013.06.29 そしていよいよ90人の海女が太鼓の合図とともに鮑の漁に沖へと向かいます。海女さんにお茶が配られ、ほんの少しの休憩後、2回目の漁です。2回目の漁が終わると稚貝放流についての説明がありました。網に入った鮑の稚貝3回目はこの稚貝を放流するために沖へ向かいました。放流が終わり浜に戻ります。解散の挨拶とともに
海女文化 世界遺産登録応援事業・御潜神事(みかづきしんじ) / 鳥羽・国崎 前の浜にて 2013.06.29 平成25年6月29日(土) 午前10時~神宮式年遷宮がある今年、海女文化のユネスコ無形文化遺産登録を応援するため、かつて行われていた御潜神事(熨斗鰒(のしあわび)を製る鮑採取の儀式)の再現が行われました。鳥羽市・神島・答志・菅島・石鏡・相差・安乗・志摩市の海女 総勢90人が集まりました。 式次
踊り込み / 平成25年 御田植祭 (志摩市磯部町・伊雑宮) 2013.06.26 15時御料田前の鳥居から出発し、「エイエイシャントセー」という踊り込み歌を歌いながら、伊雑宮一の鳥居までの約200mを2時間かけて練り歩きます。休憩を挟みながら、付き添いの方たちも水分補給や、汗をかかないようにうちわで仰いだり。2時間かけいよいよ伊雑宮に到着し、でも名残惜しいのか元気よく
竹取神事 stage2 / 平成25年 伊雑宮御田植祭 (志摩市磯部町) 2013.06.25 未練のラスト!そして御料田に立てられた忌竹(いみたけ)を裸男たちが泥だらけになって奪い合う。団扇(=サシバ)に描かれた宝珠は「青ノ峰(=青峰山)の金の珠(=魂)」であり、太平洋の荒波をこなす漁師たちの迫力ある姿が起源であると言われている。竹取神事 最新の関連記事泥まみれ、下帯姿で竹取神事
竹取神事 stage1 / 平成25年 伊雑宮御田植祭 (志摩市磯部町) 2013.06.25 11時20分ごろ竹取神事が始まる前にお神酒のふるまいを受けたあと御料田に入った上半身裸になった男たちが互いに泥をかけあう。続きます。⑧竹取神事 stage2http://isenosimako.com/?eid=1058目次 □■□■□■□■□■□■□■□■□■①磯部の御田植祭への道ht
早苗の奉下と苗取り / 平成25年 伊雑宮御田植祭 (志摩市磯部町) 2013.06.25 11時次々と御神田に到着作長は左、右、中と早苗を奉下する。早乙女、杁(えぶり)田道人(たちど)早乙女により、苗床を3周半周り、斎竹をはずし、苗取りを行います。そして竹取神事に出る裸男は御料田に入ります。⑦竹取神事 stage1http://isenosimako.com/?eid=105
式三番 ~修祓 / 平成25年 伊雑宮御田植祭 (志摩市磯部町) 2013.06.25 白真名鶴(しろまなづる)の伝説がその起源と伝えられる伊雑宮御田植祭(いざわのみやおたうえまつり)は、千葉の香取神社、大阪の住吉大社とともに日本三大御田植祭の1つに数えられ、磯部に初夏の到来を告げる。勇壮な男達が大きな団扇のついた忌竹(いみだけ)を奪い合う竹取神事、古式ゆかしい装束に身を包
平成25年 伊雑宮の御田植祭 舞台の裏側 役人さんたちの化粧・着付けの場面 その2 2013.06.25 男の子たちは、化粧がくすぐったいのか照れたり 慣れない口紅をンマンマしてしまい(わかります?) メイクさんに「んまんましたらあかん!!」って言われ大爆笑の中化粧直しをされていました。可愛かった~♪そんな中、8時頃、七度半の使いが執り行われるので、レインコートを着て見に行きました。④七度半
平成25年 伊雑宮の御田植祭 舞台の裏側 役人さんたちの化粧・着付けの場面 その1 2013.06.25 昨日は磯部の御田植祭に行ってきました。今回の御田植祭の世話人であり、記録係を務められた山路浩一さんからご依頼頂き、山路さんの助っ人カメラマンとして腕章をつけることが出来、報道エリアにて撮影することが出来ました。また早乙女さんたちの化粧、着付けのシーンも撮影させて頂くことが出来