日本神話の神様

佐瑠女神社例祭のための奉納された提灯は2000個(伊勢市宇治浦田町)

佐瑠女神社例祭のための奉納された提灯は2000個

車場に設置されたステージではマジシャンのムッシュ・ピエールさんによるマジックショーやフラダンスなどが披露された。

19時20分ごろ辺りが暗くなると、ピエールさんの「スイッチオンざます」の合図で全てのちょうちんに明かりが灯った。

フラダンスなど
翌日18日、同神社前では巫女による舞など例祭が滞りなく行われた。

岩戸隠れ」の伝説などに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。

神話での記述
『日本書紀』一書では、アマテラスとスサノオの誓約の前、スサノオが高天原に昇ってくるのをアメノウズメが見つけ、日神(アマテラス)に報告した。

岩戸隠れで天照大御神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河の川原に集まって会議をした。思金神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。

『古事記』では次のように記述されている。 「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」 つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力男神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。『日本書紀』も似た記述であるが、胸乳の記述は無く、女陰については「火処(ほところ)焼き」と記され、神々の反応は記されていない。

天孫降臨の際、邇邇芸命(ににぎ)が天降ろうとすると、高天原から葦原中国までを照らす神(=猿田毘古)が行く手を阻んだ。アメノウズメは天照大御神と高木神に、「手弱女だが顔を合わせても気後れしない(面勝つ)からあなたが問いなさい」と言われた。この時のアメノウズメは『日本書紀』では次のように記述されている。 「その胸乳をあらわにかきいでて、裳帯(もひも)を臍(ほそ=ヘソ)の下におしたれて、あざわらひて向きて立つ。」 つまり、乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら(猿田毘古に)向かって言ったとある。その後、名を問い質すと、その神は国津神の猿田毘古神と名乗り、道案内をするために迎えに来たと言った。

アメノウズメは天児屋命(あめのこやね)、布刀玉命(ふとだま)、玉祖命(たまのおや)、伊斯許理度売命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一柱としてニニギに随伴して天降りした。アメノウズメは猿田毘古神の名を明かしたことからその名を負って仕えることになり、猿女君の祖神となった。一説には猿田毘古神の妻となったとされる。

アメノウズメは猿田毘古神を送って日向国(または志摩国)に帰った後、大小の魚を集めて天孫(邇邇芸命)に仕えるかどうか尋ねた。みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。それでナマコの口は裂けている。アメノウズメの功績により、代々の天皇は志摩国から新鮮な海産物が献上される時は、猿女君に与える。

佐瑠女神社例祭斎行に際し、奉納して頂きました提灯を

境内社の佐瑠女神社には、俳優(わざおぎ)・神楽・技芸・鎮魂の祖神と仰がれる天宇受売命が奉祀されています。

天照大御神が天岩窟に籠もられ世の中が乱れたとき、天宇受売命が神楽をされ、そこに集まった八百万の神々が喜び笑い、天照大御神が再び現れ平和な世になりました。

また天孫降臨に際し、天八衢(あめのやちまた)にてお待ちしていた猿田彦大神と最初に対面し、高千穂の峰に至る道を啓かれました。そしてその後は猿田彦大神の本拠の地である五十鈴の川上の地に赴かれる大神と共に来られ、その功により「猨女君」(さるめのきみ)と称号を受けられました。

佐瑠女神社は芸能・スポーツ関係をはじめ、技芸の上達を祈る方々の参拝が絶えません。また、天津神と国津神の仲を取り持たれた神様であることから、色々な良き御縁を結ぶ神様として信仰も篤く、多くの参拝者で賑わっています。

動画>>https://youtu.be/y2JMt-TojbA

 

ところでこのあめのうずめに関する神話はエジプト神話やギリシャ神話にもよく似た話があるのはご存知でしょうか?
考察動画がとても面白いです。

神話の神様のそれぞれの役割から学べることって沢山ありますね。

次回の動画でも、また天岩戸開きで活躍した神様のお話をしたいと思いますので

ぜひとも、チャンネル登録お願いいたします。

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この記事のライター紹介
山本 智加子(やまもと ちかこ)
Web魂えぶりしんぐにてWEBデザイナー&カメラマン
えぶりしんぐ
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三重県志摩市阿児町鵜方1225番地シティーガーデン1階
ライター歴20年・Facebook 地域情報 伊勢志摩版などの記事を書いています。

山本 智加子(やまもと ちかこ)自己紹介
本業はWEBデザイナー兼カメラマンですが、最近ではWordPressでホームページを作ったり、パンフレットを作ったりのお手伝いを楽しんでおります。
地元、伊勢志摩のイベントや祭り情報や地元の美味しおススメの飲食店、伊勢志摩で一生懸命に働く人、観光情報などを投稿しています。
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